カテゴリ:日々のログ( 65 )

きもちの垣根の低い方に情報はながれる

はるか昔、初めて社会人になる時、入社前研修というのがあって同期入社の数人と合宿をしたんだけど
(人事部長に引率されて、電話研修とか○○研修とか etc、朝はマラソンまでやったな・・・(遠い目)。 前時代的ですな。。。)

講義の時間の中で、渋いけど味のある人事のおじさん(部長)が、
なんの流れか、仕事をやる上で(社内での)情報を得ること、みたいな話しになった時
「情報はな、きもちの垣根の低い方に流れるもんなんだよ」と。

その時学生あがりの私はボーっと聞いてたけど、
なんか知んないけど研修の時のその言葉だけは何十年も覚えててたまに思いだす。

てか会社生活が長くなるほどその言葉がよくわかる昨今。

職場でも、気持ちが開いていて人を安心させる人のところにはみな気兼ねなく寄って来るから
自然といろんな話や情報がそのひとに集まりますね。
それが結果的にその人のスムーズだったり柔らかい仕事ぶりにつながったり。


って、それって単にコミュニケーションが大事って話?? と今書きながら思ったけど

そうかも知れないけど、その部長が言ったのはちょっとだけ違うから、長年印象に残っているんだろうと思う。
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by voicivoila | 2014-06-28 11:31 | 日々のログ | Comments(0)

無題

毎朝、出勤前による会社近くのコンビニで、わたしの行く時間(8時半ごろ)によくお見かけするご老人(80歳前くらいの背の高い、細身の白髪の男性)がいて、すこしだけ気になっている。


その時間帯はお客さんはほぼ勤め人だから、みなせわしく飲み物とかパンとか買ってパタパタ出て行くんだけど
その老人はそんな中、ほかの人々と違う時間軸にいるように ひとりゆっくりと店内を歩き、ゆっくりと商品を選んで、その時間のお客さんとしてはカゴの中の品数の多いお会計をしている。

最初にお見かけした時、「こんな時間にご老人がひとりでコンビニでお買い物?」と意外に感じ、
「あ、もしかしたら近所にお住まいの高齢のひとり暮らしの方で、きっと自炊とかもされない男性だから自分のごはんを買いにこられてるのかな・・」とちょっとその姿が目にのこった。

わたし自身の両親が高齢ということもあって、近年はとくに老年の人や老齢になることについて考えることがふえてるからよけいそのご老人の(ひとりの?)生活が思われて気になったのだと思う。


今朝は、レジにならんだらちょうど私の前でお会計をされていた。


お買い物数が多く他の人よりゆっくりのお会計になるので見るともなく見てしまうと
お弁当がいくつかとほかの何品か(食べ物かしら)と、雑誌が2冊ほどあった。

レジ袋を下げた後ろ姿を見ながら、「あ! おべんとうが複数ってことは、私の気がかりに反してもしかして家で待ってるお婆さん(つれあい)の分も毎朝買って行ってあげてるのかもしれない!!」と少しだけ勝手にホッとしたら、よく見たら袋の中のお弁当が3つ重なっているようで、3つ?と思い、もしかしたらやはりお一人の暮らしで、自分の一日のご飯や買い物を、朝のコンビにで済ましているのかも知れない・・・、と今朝は思って終わったのでした。


なんとなく優しくて控えめそうな人なのでよけい気になります。


コンビニの店員さんはそんな時間は仕出しやレジに忙しくてお客さんとよけいな口をきく暇もないけど、ひとり暮らしの老人が生活の中で毎日まじわる人がそこの店員さんだったら、そこになにかひとことの接点ができたら、何かがささやかだけど変わるかも、と思いました。
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by voicivoila | 2014-06-24 21:30 | 日々のログ | Comments(0)

続・通勤車両。

もひとつ朝の通勤車両。

昨朝、立ったまま吊革も持たずビューラーとマスカラで入念なメイクをしていた女性。

ガタンと車両が大きく揺れても恐らく膝のサスペンションで受け逃し、頭部にショックを伝えず涼しい顔で細かい作業を成し遂げた。

人間集中すれば同時多方向に体の注意を払えるんだと感心。。
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by voicivoila | 2014-06-13 22:01 | 日々のログ | Comments(0)

朝、最尾車両。

通勤で地下鉄の最尾車両に乗って、
いま通過した線路がどんどん後方の人工の闇にエンドレスで吸い込まれていく風景を朝っぱらから見ると、
なんと言うか
都に住んでんだなというか例えは古いけどブレードランナー的というか何の偶然か現代のここにいるんだな、
という感慨を持つ。
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by voicivoila | 2014-06-13 21:42 | 日々のログ | Comments(0)

遠い場所の知らない誰かに伝わり、継承されてゆくこと。

昨日、社内である人に声ををかけられた。

それはただの通りすがりの一言だったが、

(たまたま社内のとある共同スペースの、あまり人通りがない通路でもあるため
節電で照明を少なくしている少し灯りを落とした場所でちょっとした作業をしている時だった)


後ろから「ここ薄暗いわね」とふいに声がし、

へっ? と思って振り返り、反射的に「あっ、そうですょね」と軽く笑って返したのが、
社内で初めて間近で見るある女性だった。


―その女性は、
私が10代、20代の頃その誌面に惹きつけられて読み、毎号の1ページ、1ページに込められている美しい独特の世界観からどれだけの影響を受けたであろう、と思うある雑誌作りに携わっていた人だった。


今の職場に入社したばかりの頃、社内のある部署がその女性と関わる仕事をしていて、時々この会社にも会議などでいらっしゃる、と言うことを思いがけず知り
「あの雑誌を作っていたあの人が?」と驚き、
ひとつの雑誌とともに、ひとつの文化を世に伝えた人、いつか社内でお姿だけでも拝見する機会があれば…、と思った。


しかしそれから日々は過ぎ、時間に追われる毎日の慌ただしさにその事はすっかり忘れていた時分の、
昨日の廊下でのふいな出来事だった。


「はっ、あの方だ」と思ってお見かけした横顔は一瞬。
あとはフフッと笑いながらゆっくり歩かれる後ろ姿を何秒か見送った。


瞬間の事であるが驚きとともに深く心に入った。

その彼女の、表情の端にユーモアを携えた横顔から
ほんの一瞬だが、いろいろな事を受け入れ多くの事を判断したくさんの事をやり遂げて来た女性の、今の落ち着きと受容の深さを見た気がした。



その後、自分の席に戻って仕事を始めてからもその出来事が残り、
彼女がある時代に作って来た雑誌、それを読み、影響を受けて来た自分が思い返された。



人が人に影響を与える。

例えば母親は娘に、その子を育て供に生きる時間の中で、自然と彼女(母親)の美意識も伝えているだろう。無意識にも娘はそれを引き継ぐだろう。

でも昨日一瞬出会ったその歳上の女性は、
実際に会う事もない遠い場所から、
ひとつの雑誌という場を通して多くのその当時の女の子たちに、ある美しさと世界とスピリッツを送り続けた。

その世界観はひとつひとつのページから若い私の眼を通して私の中に入り込み、
その後何十年か経った今の自分までに至り、人生の中の何かの根幹をつくる一部となっている。


―かつてその本を読んでいたことはすでに昔の事で、今の毎日の中で思い出すことはあまりない。

しかし彼女と思いがけず接近した昨日、
あ、私はこの初めて会う女性がかつて作って来た世界の遺伝子を、私を形成する精神のある一部分として(もうすでに無意識下になってはいるが)継ぎ続けているんだ、と改めて感じた。

それはちょっと不思議な感覚だった。



親からとはまた違う、知らない誰かが作るその人の美意識の作品を、雑誌と言うメディアを通して自分の血肉の一部になるほど影響を受ける。

それは雑誌に限らず、ひとつの映画、ひとつの舞台、、一冊の本、…その他いろんなメディアを通して今も日々誰かに起こっている。

誰かの熱心な仕事が、熱が、誰かに届く。
身近な人であれば感じやすい事が(例えば親から子、師匠から弟子、友だちから自分…)

それがメディアに乗った時、遠い場所の知らない誰かに届く。
作り手の熱が本物であり、質の高いものであれば遠い知らない誰かにもそれは確実に感じ取られ、生涯に渡って静かに深く浸透する何かに成りえる。

その伝播が「美しいこと」「精神の豊かさを教えられること」ならば、なんて素晴らしい事だろう、すばらしい仕事だろうと彼女との邂逅に教えられた。




その晩、家に戻り、古いスクラップブックを広げる。
何十年も前に、その雑誌から切り抜いていたスクラップ。

1ページ全体の空気感が好きでページごと切り抜いたもの、ひとつの女性のコーディネート、ひとつの小物を気に入り丁寧にそれを切り出しブラックバックにレイアウトして貼ったもの、
それらを昔の自分が丁寧に貼り付けたブックから、その時にそのページに、ひとつの写真に、雑誌全体から感じる空気感に、当時どれだけ憧れ、何回も何回も見ただろうかを想う。


何ページか古いスクラップをめくる中に、彼女と会ったその日、時間の無い朝に私がバタバタと選んで着た服のテイストと、どことなく似ているコーディネートの切り抜きもあった。


変わるものは変わる。
でも好きなもののベースは一生の中でも変わらないものだ。
そのベースの一部に、良いものを教えてくれ与えてくれた彼女の仕事を私は讃えたく、感謝したく思った。



もし次にどこかですれ違う事があったなら、
知的で可愛らしく、どこかいたずらっぽい印象もあるそのチャーミングな婦人に、私は何か感謝のヒトコトでも言えるだろうか?


おそらく緊張し「…お疲れさまです!」で精一杯だろう。。。
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by voicivoila | 2013-10-19 19:01 | 日々のログ | Comments(0)

もずく酢。春。

去年もよく食べていたのだが、
ここ何ヵ月か、あまり食指が動かず食べていなかった。


が、今日

素直に手が伸びて久しぶりに今夜の食卓へ。


暖かな季節の本格的な到来なんだな、と。








意識の上より
身体の自然な欲求の方が季節を教えてくます。




voici
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by voicivoila | 2013-04-14 23:52 | 日々のログ | Comments(0)

空の貌。

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風の午後、

空の貌の美しさ





voici
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by voicivoila | 2013-04-07 16:26 | 日々のログ | Comments(0)

資生堂のコピー

資生堂が何年か前にうち出したコーポレートコピー。




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初めて見かけたのは、人との待ち合わせか何かで夕方の銀座を急いでいる時だった。


地下道の柱に貼られたポスターの、その横を小走りに過ぎた時 そのコピーが目に飛び込み、
「あぁ 資生堂。 いいコピーだ。」 と通り過ぎた後もすこし目で追っていた。



よいコピーは瞬時で深く心に入る。


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いくつかのビジュアルでも謳っているようで。

岸恵子さん、美しい。 





最近、資生堂のTVCMでも、最後にこのコピーが現れるのを見て
ああ、CMでも使うようになったのか、と。
でもTSUBAKIのCMでは流れていないので商品やブランドによって違う様。


資生堂の精神を謳うすばらしいコピーなので、もっと流せばよいのに。とおせっかいながら思う。







:::: 余談 ::::


岸恵子さんが出てきたので一言。

もはや服は皮膚の一部なんだ
と教えてくれたのはもう何年も前にお見かけした
岸恵子さんの古い写真だった。
こんな風に服を着る日本人がいるんだと。

それは、またの機会に書きたいと思う。




voici
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by voicivoila | 2013-03-27 13:25 | 日々のログ | Comments(0)

白銀の新年 ー食卓に思うことー。

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明けましておめでとうございます。

お正月を過ごした北国から帰京。



マイナス10度近くなる向こうでの生活では

夜、音もなく降る雪の
翌朝、あたりの景色を真っ白な世界に一変させる事に驚きます。

三が日の町は静かな雪掻きの音が響き、
東京からの旅人にはシンと寒いながらも、暖かい北国の風情を感じました。

快晴の雲ひとつない青空の下、
真っ白な新しい雪道を
美しく日の光を反射する眩しさに目を細めながら歩くのも気持ちが良く。

あ、
(夏の東京だけでなく)雪のお正月でも、サングラスが必要だ〜、と今回の帰省で気づきました、それほど目映い銀世界。


* * * * * * * *


普段なかなか集まる事のない家族親族一同が会するお正月。

ふだんはそれぞれ別に生活している面々が、何日か一緒に食卓を囲む中でふと気づくのは、
食文化と言うかそれぞれのふだんの食生活の違い。
それが何日かの中で端々に見えておもしろい。



朝・昼・晩の食事の場でー

どんな食材や味を好むか。調味料も何をよく使うか、使わないか。
(今回は特に調味料のバックグラウンドも各人、各家庭で様々だという事を改めて発見したのが興味深かった!)


また食事の合間の場面でー

お正月にはよくある、TVを見ながらなんとなくテーブルにあるものをつまんだりお茶をしたり…という時間。
その時に何を嗜好するか、しないか。


ひとことで言えばそれぞれの“食習慣”という、
ごくありふれた、聞き慣れた言葉で表される事なんだけど。

でも本当にそれ―食習慣―が
その人に与える影響は、人生そのものの成り立ちを変えるほど(反対で言えば、成り立ちを決定的にフィックス、固定してしまうほど)大きいと言うこと。

…いきなりちょっと大げさな書き方になったかも知れないけど?
個人的に、半年ほど前から「食べる事」「何を食べるかという事」に以前より意識的になっていて、上のような事もいろいろ考える事が多い最近だったので、
今回さまざまな食嗜好の家族が一同にご飯を供にする何日かは、その意識にあらたな刺激を受ける日々で興味深かった!


* * * * * * * *


“どう生きる”かは、“何を食べる”か。
それが、一般的に思われている以上にひじょうに大きな事であるのでは・・・と思う最近。

(これは単に、健康に気をつけてストイックな食事をしましょう〜と言ってるのではなく。

食事の場は、それが毎日のお味噌汁とご飯の時でも、親族や友人・知人とのハレの外食の時でも、それを大切にしていればともに人生の華の場面でもあり、その時 ―それはひとりの時も、自分の家族と一緒の時も、友人などで大勢の時など様々― を、どう過ごすかはその人の総合文化や豊かさのひとつでもあるし。

そんな日々の中でどんな意識をもって、いやそんな大げさではなくても何をちょびっと考えて毎日のゴハンを作るか。食べるか。)

もちろん食べる事だけじゃなく、どう動くか。どう意識して身体を動かすか。
これもとても大きい事で。

さっきの繰り返しになると
“どう生きる”かは、“どう身体を動かすか・意識する”かでもある。
…と、これも最近強く思う持論?であるけれど、また別の長い思考になるのでまたいつか。。。。



今回はゴハンを食べる、食事について思ったお正月。

いろいろな違った好みや食習慣を背景にもつ人と食卓を囲んで、
毎日のそれが
その人の貌になり
体つきになり
表情にも、意識さえ決めることになるのかなー?と
ひじょうに個人的な最近の私的研究?の貴重な一場面にもなりました。

そんな年頭。


今年も良い年になりますように。
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by voicivoila | 2013-01-06 21:00 | 日々のログ | Comments(0)

土曜日。

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10年くらい前になるのか
うちの隣の敷地にある会社の寮ができて、

その寮のまわりは植え込みになっているのですが
植え込みの角に一本、道路に面して立っているこじんまりした木があります。

秋になると紅葉し、
毎年、駅への行き来などでその道を通るたびに
「きれいな色づきだなぁ」と自然に目が行きます。


紅葉する木々はもちろん他にも近所のそこかしこにあるのですが
その寮の、高さ3、4mくらいのその木の佇まいと言うか枝ぶりと、紅葉する葉の色の美しさにちょっとした風情があって、どうも近所のほかの紅葉より特別に気が行くようです。

(そして夜になると、その木のちょうど足元にある寮の外灯が暖かな光で灯るので
下からほのかにライトアップされた形になり、また一段と美しいのです)


と、秋の度に見上げ続けて10年。

ことしはやはり色づくのが遅いなー、なんて思って前を行き来してた最近ですが
今日の朝、通りかかったらさすがに染まり始めていて
澄んだ青空をバックにとても美しく。


これからは夜、その道を通るのも ーこれからの夜道は寒いですが、その中でもー ちょっと楽しみになりそうです。



・・・と、今日もほんとに昼間は日差しが暖かな良い日より。

今週も平日は家の工事などが入って非常に慌しかったので
週末はゆっくり秋の日を過ごしたいです・・・!
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by voicivoila | 2012-11-10 15:24 | 日々のログ | Comments(0)